志楽トピックス

和の原点、縄文の心を形に!

2018年9月4日 ニューズレター
志楽ニューズレター第六号

和の原点、縄文の心を形に!

―ダイナミックな力強さと素朴な空間―

 

ラジオ日本の番組「ブンブン探検レポート」で“志楽の湯”が紹介されました。

放送日: 2006年8月2日 (水)10:30 a.m. 番組の取材より

語り手はグループダイナミックス研究所所長 柳平 彬(さかん)です。

 

 

“志楽の湯”の名前の由来を教えてください

日本人は、かつては貧しかったけれど、やる気があってものづくり/人づくりでは、質の良い“志事”をするという目的意識があったように思います。ところが最近、その気風が失われてきてしまっているのではないかと思います。要するに、志を持って仕事をする人が、少なくなってきたのではないでしょうか。そこで“志の力”を何とか蘇らせ温泉でげん氣になって、更に、志を楽しむ余裕を得ていただきたいと言う願いを籠めて“志楽”と名付けました。

 

なぜ縄文なのですか

かつてはここ川崎・矢向も縄文の森でした。そこで原点に戻って足元を深く掘り始めたのです。2002年4月に1300メートル近く掘った所で、40℃くらいの天然温泉が出たのです。それは「ナトリウム塩化物強塩泉」という温泉でした。どういう温泉施設を造ろうか迷い、1年間かけて日本中の温泉を回りました。日帰りの温泉や健康ランド、ヘルススパなどもありましたが、今1つ納得できませんでした。和風のような感じの施設もありましたが、オリジナリティーが感じられなかったのです。自分がやろうとしているのは、そういうものじゃないと思いました。思い切って山の秘湯廻りをした時に、ここに、日本人の原点がありそうだと感じました。「Back to the Basics」です。日本人は縄文時代から温泉に入っていました。八ヶ岳山麓で縄文中期の文化(5000年程前)が最も栄えた頃もそうでした。縄文中期に日本人は縄文土器造りを通じて独創力を発揮しています。今、日本人に必要なことは、新しいことをただ追いかけることでなく、原点をしっかり把むことと独創力を発揮することだと思います。岡本太郎が日本においてただ一つすぐれた芸術性と独創力を発揮したものは、縄文中期に作られた縄文土器しかないと言っています。そこに日本民族の生命力を感じるのです。縄文の心が「和の原点」なのです。そこで日本人が、今失っているアイデンティティーの原点を取り戻すために縄文時代の心を形にしたかったのです。

 

都会の中に、これだけの天然温泉をつくるには、どんなご苦労がありましたか

熊本・黒川温泉の後藤哲也さんは露天風呂と庭造りで日本一の名人です。その哲也さんに「和の原点である縄文の心」を形にしてもらうため、縄文中期の文化の栄えた信州・八ヶ岳山麓の230トンの安山石と九州飛竜の山頂で育ったコナラを中心とした自然木を使って露天風呂を完成しました。タイルを一個も使わず自然の木と石のみを使用して、自然を限られた空間で蘇らせることを試みたことが大変でした。また、地下から湧いてくるエネルギーを伝えられるよう、二階建てにせず、土べたに這うような感じで平屋にしたのは土地の投資効率から言っても苦しい所です。

 

泉質について説明してください

温泉の分類には浸透圧による分類があります。温泉には溶け込んでいる成分によって、体への浸透圧が違ってきます。通常、日本の温泉は低張性で、火山性の温泉は意外と有効成分が低いところが多いのです。志楽の湯のような非火山性温泉は、塩分を多く含むナトリウム泉です。高張性と言って、ミネラルなどの成分が入り込みやすくなり、体の老廃物や有害成分などの毒素を含んだ水分が体外へ出るのです。免疫力が高まり、美肌効果も期待できます。逆に低張性の温泉は水分が入り込んでくるので、あまり長い間、温泉に入っているとふやけてしまいます。高張性の温泉は汚れた水分が外は出るので、夜中にトイレに行かずぐっすり眠れます。

 

縄文パワーと志の力 

やる気の健康学』というタイトルで、ラジオ日本(AM 1422kHz)が2006年5月7日より7月30日まで、毎週日曜日5:25am~5:30amに毎回約3分間の講話を13回続けました。各放送のテーマは次のとおりです。第1回:五月病、第2回:一本のひも、第3回:ぬれた毛布、第4回:66歳からの挑戦、第5回:縄文パワー、第6回:ヒトデを海に返す少年、第7回:失敗しようとする意思、第8回:「イエス、アイキャン」の精神、第9回:ほめることと勇気づけ、第10回:対他競争と対自競争、11回:心の目隠し第12回:笑力、第13回:志の力、その中で、第5回目の縄文パワーと第13回目志の力の内容をここに紹介します。なぜなら、この2つのテーマは縄文天然温泉.・志楽の湯を始めたコンセプトに直接関係があるからです。

 

縄文パワー

今年は美術界の異端児で、84才で亡くなった岡本太郎の没後十年になります。

岡本太郎の評価は亡くなられてからむしろ高まっています。彼を知らない若い世代も含め、社会の不安を吹き飛ばすエネルギーと内発的やる気を彼の作品で感じる人が増えてきているのです。そのエネルギーの原点は実は縄文時代にあるのです。きっかけは昭和27年(1952)8月偶然、上野の東京国立博物館で展示されている縄文土器を通りがかりに見たときでした。そこで、その力強さに感動して動けなくなってしまったというのです。その岡本太郎さんと平成元年(1989)の12月24日、雪の降る中、八ヶ岳山麓にある尖石縄文考古館に縄文中期の土器と日本最古の国宝になったばかりの「縄文ビーナス」という土偶を見に行ったことがあります。八ヶ岳山麓の蓼科は、今から5500年前、日本の縄文文化の最も栄えた頃の中心地で、今の東京だったと言えるのです。当時の日本の人口は約20万人と推定され、この八ヶ岳山麓に15%以上の人口が集中していたとも言われています。また、露天風呂に入る習慣も、その頃からあったのです。縄文人は露天風呂に入ることによって、毎日を生き抜くための心身のエネルギーを吸収していたのです。岡本太郎は、日本においてたった一つの最初のすぐれた芸術性とオリジナリティは、縄文中期の土器しかないという結論に達したのです。その土器の中に日本民族の生命力の原点を発見したのです。まさしく、「和の原点は、縄文の心にあり」なのです。(縄文土器の中にダイナミズム、すなわち自分たちの生活の中から生れた「今を生きる」ことへの力強さと人生を達観する純粋な素朴さがあるのです。)今、瞬間瞬間に失いつつある人間の根源的な情熱を呼びさます力があるというのです。志楽の湯のロビーには、幸運にも岡本太郎が作った「縄文人」の銅像があるので、是非見に来られ、縄文パワーを吸収してください。

 

志の力

世界が21世紀に入った今、未解決の問題が多く残されています。そうした社会で、一人ひとりが直面した難問を解決していくための大切な心構えのヒントが、この志という言葉の中にあるからです。それでは、志という言葉がどのようにして生れてきたかを簡単に調べてみましょう。もともと日本語の「こころざし」は「こころ(心)」と指(ゆび)を指すの「さし(指し)」のふたつの言葉が合わさって出来た言葉です。これはある対象に心を引き付けられる時に生れる心の動きを意味していたのです。そこには、相手を思う気持ち、慈(いつく)しむ心、愛する心が含まれているのです。この「こころざし」が漢字の「志(し)」の訓読(くんよ)みに当てられるようになったのです。そして、この文字が次第に「心の中により高い人生の目的を定める」という精神エネルギーを意味する使い方へと移っていったのです。このより高い目的意識は、単なる目標達成という意味ではなく、よりよい目標を創造する能力のことをいうのです。それでは、志はどのような力を持っているのでしょうか。「志は気の帥なり」と孟子が言っており、「志(こころざし)」は気の力を正しい方向に導くリーダーの役割を果たすといっています。また、明治初期、ウイリアム・クラーク博士が札幌農学校を去るときに「Boys, be ambitious !(少年よ、大志を抱け)」と言った言葉には、それに続く言葉があります。「お金や地位、自分本位の欲望、名声などといった儚(はかな)いものではなく、人間としてこうあらねばならないということのすべてを実現しようとする、大志を抱け」という主旨を述べています。この意味を日本語では「志」という一語で表現できるのです。この言葉こそ、今、世界に日本から発信できる考え方なのです。

 

 

 

志楽ニューズレター 第六号 2006年9月31日発行

企画:グループダイナミックス研究所

発行所:志楽ダイナミックス